hdnprgの日記

アンドロイド、ヒューマノイドを扱った小説を、思いつき次第公開します。諸事情により、他サイトでも投稿中@hdn_prg

ささやかなうそつき【少年型ロボットと男性の日常】

その部屋には、二つの人影があった。
一つは、ソファに深く座り、タブレットPCを叩きながら難しい顔を浮かべている。部屋着も頭髪も清潔にしているが、無精ひげだけはそのままにしていた。
もう一つは、壁に背中を預けて、窓の外をぼんやりと眺めている。カーテンの隙間から夕暮れの光が差し込み、なめらかな金属板で形作られた顔を照らした。男性で未発達、つまりは少年型のロボットだった。カメラアイに、日差しが直接当たる。
「むう…」
直射日光に、堪らずに眼を細めると、長いまつげがきらきらと輝く。
いかにも面倒くさそうに、ゆっくりと立ち上がると、窓を挟んで反対側の壁に向かう。立ったまま壁に身体を預けると、ずるずると壁を擦りながら床に座り込んだ。
 

男が、タブレットを叩くかすかな音だけが、部屋に響く。

 

男の持つタブレットには、ロボット部品の通販サイトが表示されている。

部品を選ぶには、どうしても、少年の型番が必要だ。

「説明書を見てもいいけどな…」

男は、タブレットから顔を上げ、部屋の隅に座る少年を見る。

 

無精ひげの男は、ソファから立ち上がり、少年の正面にしゃがみ込んだ。男と少年の目線が、同じ高さになる。
 
「足の裏見ていい?」
男は、真顔だ。
「いや、だから、そこは…」
少年は、男から眼を逸らしながら、唇をかむ。

脚を守るように、両手で抱え込んだ。

「どうして嫌なんだ?」
「えと…ぼく、ロボットでさ、足の裏に、文字があるじゃん…」


男は、少年の返答を聞いて首を傾げる。
少年の足裏には、確かに文字が入っている。土踏まずの部分に、少年の型番や製造番号等が、刻み込まれている。
だが、それを見せたがらない理由が判らない。
少年がロボットだというのは、すでに丸見えだ。男の立っている正面からでも、膝に入った丸い部品が少年の脚を支えているのが見える。
 
「でも、見たい」
男の結論は、まあいいか、押し通せ、というものだった。
 
「…」

少年は、顔を伏せて、震えながら足を差し出す。

男は、タブレットのカメラで少年の足裏を撮影する。
 
男は、足の形に見とれたか、カメラ越しにしばらく少年の足を見ていた。
なんとなく、足裏の文字を指でなぞる。
「…えへっ、くすっ」
顔を伏せたままの少年が、思わず声を上げる。
「くすぐったいか」
男は、

こちょこちょ


「あはははは、やめっ、はははは、やめて、はは」

「ぜったいに、ははは、こうなる、ぎゃははは」
笑いながら、なんとか声を出す少年。
「じゃあ、どうして嘘なんかついたっ。それっ」
「あはははは、僕は嘘は、つけないよ、ぎゃははは。でも、言ったら、はぁっ、せったい、ぎゃはは、くすぐるじゃんかっ、ははは。言いたく、なかったんだっ」

「そういうのをな、はぐらかすっていうんだ」

「知っ、てる、よ、ははははは」

 

裏通りの"にい" [7] <干渉 その3>

"にい"は、指を目の上にそっと当てると、瞼を下ろし、暗くなった瞳を覆い隠す。ひざとわきの下に腕を差し込み、抱えあげると、壁際にそっと下ろして、ゆっくりと寝かせる。
汚れを拭き取り、乱れてしまった服のしわを伸ばし、髪の毛に指を入れて整える。
そのあと、服のポケットに手を入れ、小さな笛を取り出す。笛には、名前が書かれている。"にい"は、その笛を胸の上に置くと、片手ずつ取って胸の上に置き、指を組み合わせて笛を包み込んだ。

"にい"たちには、墓がない。
動けなくなると、使える物を抜き取られていく。使えないものも、くず鉄として集められ、溶かされる。
だから、今の"にい"たちは、過去の"にい"たちの寄せ集めでできている。

墓がない"にい"たちは、組み立てられてしばらくすると、それぞれ自分の"たからもの"を持つようになる。
"たからもの"は、広場の山のなかから拾ってきたもので、お金にはならない。
けれど、動けなくなればなにも残せない"にい"たちは、"たからもの"に名前を書き、肌身離さずに持ち歩く。動けなくなった後、身体が分解されて無くなっても、"たからもの"は集められて大切に保管される。

裏通りの"にい" [6] <干渉 その2>

"にい"は、背中に腕を入れると、そっと上半身を起こし、折れた手足をさする。地面の湿気を吸って重くなった髪の毛を持ち上げ、後頭部にプラグを差し込む。

頭の中に残っているはずのデータはすっかり消えてしまっている。

"にい"は、暗くなってしまった瞳をのぞき込むと、身体を横にして耳を上に出し、耳たぶの裏に組み込まれた無線装置をなでる。

"にい"は、広場の山の中から、金属の箱といくつかの部品を選び出し、無線機を組み立てる。

空っぽになってしまったメモリーに、テスト用のプログラムを入れる。手作りの無線機を起動して外部から信号を送信する。すると、肩が動き、肘から先の腕を宙にぶらりとぶら下げた。

この日から、"にい"たちに、無線装置を取り外す仕事が加わった。

裏通りの"にい" [5] <干渉 その1>

「ぅ…」
身体が強ばる。
手足が、ぴんと伸びる。
瞳に、線が入る。
メモリーの書き換えが始まる。
苦悶に顔を歪める。
「うぃ、えぁ…」
「に、い…」
そのまま、しばらく動かない。
「…」
突然。
表情が抜け落ちる。
瞳が暗くなっている。

身体にこもっていた力が、ゆっくりと抜けていく。
そのまま、ゆっくり、ゆっくりとひざが曲がり、身体が沈んでいく。
バランスを崩して、背中から仰向けに倒れる。

手足は、まだいくらか強ばったままだった。
地面に付いた手足が、身体の重さに耐えかねて乾いた音を立てる。
でたらめな方向を向いてしまった四肢の上に、身体が覆い被さっていった。

裏通りの"にい" [4] <襲撃 その2>

"にい"を調べて、使えるものと使えないものに分ける。たりないものは、すてられているものから集める。
集めたら、汚れをふいて、みがく。

いままでは、直せそうなものを直してきた。でも、"今回は"にい"を直したい。にい"はすごくこわれていて、直すにはものがたりない。

みんなの中から、ものをとりだして"にい"に入れることにした。とりだしたら動けなくなっちゃうけど、"にい"ならなんとかしてくれる。

みんなで、"にい"を組み立てた。"にい"のすいっちを入れる。

"にい"は、みんなのことを覚えてくれてた。"にい"は、ものを拾ってきて、動けなくなっちゃったみんなを直した。

裏通りの"にい" [3] <襲撃 その1>

"にい"から、メッセージを受け取る。
こわいひとたちが近づいてきている。
すぐあとに、"にい"から、何か信号が送られてくる。
めのまえがまっくらになった。

めが覚める。
じめんのにおい。
起きると、"にい"がいた。
"にい"はつぶれてた。
"にい"は捨てられていた。

みんなとめがあう。
みんな、ぽかんとしてる。

あたまがまわる。
たりないものはなにか。どこから持ってくればいいか。なにをすればいいか。
"にい"に教えてもらった。
"にい"の直し方を。
"にい"を直す。

裏通りの"にい" [2]

"にい"たちのしごと


"にい"が直す。

つんであるものから、直すために使うものを選ぶ。われてるもの、まがっているものをよけて、使えるものを集める。


集めたものは、きれいにする。布でふく。ざらざらしたやすりでみがいて、汚れを落とす。
"にい"に直してもらったら、最初に習うしごと。みんなで集まって、いっしょうけんめいみがく。

きれいにしたら、組み立てる。はめ込んで、ねじをしめて、線を通して、つなぎ合わせる。
ぜんぶつないだら、すいっちを入れる。うまく起きあがったら、少しお話をして、なにを覚えてるか確かめる。

起きたら、服を着て、頭の毛をととのえる。起きる前はみんな頭の毛がなくなってる。だから、"にい"たちが長い毛をつけてくれる。
好みの髪型をつたえると、"にい"たちがなるべく近づくようにいっしょうけんめい切る。