【幼女戦記+艦隊これくしょん掌編】砂塵の中で海を想う
帝国北部、内陸の湖。
水兵服に身を包んだ少女が、風変わりなデザインの靴を履き湖面に立つ。
右手に、重砲のミニチュアをぶら下げている。
ターニャを含む帝国将校団が、固唾を呑んで少女を見守る。
両腕を下ろした少女がゆっくりと息を吐き、すっと吸い込んで、止める。10km先に設定した標的の方角を見つめ、少女の全身にちからが漲る。左腕で右腕手首を掴むと、右腕がぴたりと安定する。そのまま、右腕を水平に振り上げた。
瞬間、湖が泡立つ。水が盛り上がり、弾けた。どこからともなく現れたのは、巨大な重砲。
鳥肌が立った。
未だ水をこぼし続ける127mm重砲は、金属音を立て装填作業に入っている。湖面に立つ少女は自身で作り出した水霧に包まれながらも、極度の集中状態に入っているようだ。絶え間なく呟き、右腕をわずかに動かす。重砲は少女の動きにあわせて蠢き、照準が定まっていく。
帝国では、重砲は鉄道なしでは移動すらできず、装填や照準も屈強な男どもが何人もとりついて扱う代物。少女ひとりでどこかから呼び出しただけでなく、勝手に装填され、照準まで行う。予めゼートゥーア閣下から聞いてはいたが、あまりにも異様な光景にただ見つめることしかできない。
「装填完了!射撃許可を求む!」
少女の声が、響きわたる。
いかん、呑まれていた。仕事をせねば。口を開く。
「了解!観測射撃を実施されたし!射撃よし!射撃よし!」
「コードネームフェアリースノー、観測射実施!観測射実施!」
私は、両手で耳をぴったりと塞ぎ、口を開けて衝撃に備える。
轟音。
重砲の砲身が震え、首を縮めて反動に耐える。
重砲を中心にして、湖に波紋が広がる。
本来、人間なら鼓膜が破裂しているだろう位置に立つ少女は、耳を塞ぐことすらせず、送り出した弾をじっと見つめる。やはり、人間ではないのだ。
たっぷり十秒以上の時間を開けた後、腹の底に響く振動。盛大に上がる砂煙。
「こちらヴァイパー、弾着確認。全弾遠弾。修正値を連絡する」
その後、数度の観測射ののち効力射を実施。少女は、標的の車両を完全に粉砕した。演習終了後、少女が右手を下ろすと、重砲は湖の中に没し、姿を消した。
演習終了後、参謀本部より、少女の魔導反応試験の結果を通達、魔導反応適正陽性。少女は、「航空魔導士養成の超促成課程」第一期生として帝都に送られていった。
「少佐、どうして彼女を航空魔導士にするんです?すぐに戦線投入すれば、助かる人も多いでしょうに」
「少尉、彼女を迎えたことは確かに幸運だった。だが、幸運を過信してはいけない」
「過信、とは?」
「我々だけが幸運に預かった、と思い上がることだ」